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八坂神社祇園祭「スサノヲ(牛頭天王)は朝鮮起源!?」大嘘トンデモ古代史

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もうすぐ京都の夏と言えば、有名な祇園祭が迫って来た。この祇園さんとも呼ばれる、八坂神社の祭神は日本神話の三貴神としても有名なスサノオノミコトとなっている。所がこのスサノオについても、日本書紀の記述や神仏習合等の複雑な歴史的経緯によって、朝鮮起源に付け入る隙を与え、日本の起源に朝鮮を絡めたくて仕方が無い、アッチ系の人間にとっては、ある種のスーパースターともなっている。

スサノオトンデモ古代史類型話
スサノオこと牛頭天王は、日本書紀の注釈に曰く、高天原から最初に朝鮮のソシモリなる地に降り立ったとされる。ソシモリとは朝鮮語で牛頭山を意味し、朝鮮各地に牛頭山の候補地が存在するという。また「ソシモリ」とは「ソウル」がなまった物ともされ、スサノオが朝鮮の神である事は明白なのだ。


反論

・神仏習合、所謂後付設定が独り歩き


まずスサノオの代名詞ともなっている牛頭天王だけど、仏教・祇園精舎の守護神と神道の神仏習合で生まれた神であり、その由来は恐らくインドやオリエントの牛を神の使い、守護神とする考えが日本にまで流れ着いた物であり、海外由来という点は正しい。ただし、稲作が中国から直接伝播したのと同様、牛の角を持った神を尊ぶ文化は特に朝鮮から生まれた物でも何でも無く、牛頭天王は朝鮮由来では無く、はっきり言えばインド仏教由来という事になる。(⇒朝鮮は通過点)そして重要な点は、こうした文化の伝播は日本民族が完全に固定化した後に根付いた外来文化だとはっきりしている点。日本人の起源には特に関係が無い。

・阿弥陀如来拝めばインド人?聖闘士聖矢観ればギリシャ人か?


古事記と日本書紀の違いとして、よく言われるのが、古事記は国内向け、日本書紀は海外(中国)向け等と言われる。そして古事記においては、スサノオは昔話調の素朴な英雄と描かれ、それが基本的には古代の一般の人々の認識に近い物と思われる。それに対して、日本書紀では「一書では」と数多くの注釈によって、いろいろな諸説や後付け設定が紹介されている。明らかに格調高く、また中国に向けて日本の権威や権力が大きく見えるように工夫されているように感じる。倭王武とされる雄略天皇が、「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭王」等と言う物凄い位を求めたように、日本が朝鮮にまで影響力を持つと主張していた事の影響も大きいと感じる。

つまり、スサノオが朝鮮起源な神な訳では無く、元々素朴な暴風神や製鉄の神、アンドロメダ的英雄として民間伝承にあった物に、次々にいろいろな各国の神が集約化されていったと考えるのが合理的で、ここに日本が影響力を行使していた朝鮮の神が加わる事は不思議でも何でも無い。また阿弥陀如来を拝んでもインド人の後裔でも無ければ、聖矢を観ててもギリシャ人でも無いように、スサノオ朝鮮起源から、強引に日本人、皇室の起源にまでウリナラ起源を結びつけることも無理な話だと思う。

・親子で朝鮮を嫌うスサノオ尊・イタケル神

日本書紀一書第四

「スサノオは子のイソタケルと新羅に降り曾尸茂梨に居た。スサノオ言うにはこの地に私は居たくない。埴土で船を作りこれに乗って東に渡り出雲国の簸川上にある鳥上之峯に至った。」

「はじめイタケル神(スサノオの子)が天降られるときに、たくさんの樹の種をもって下られた。けれども韓地に植えないで、全て持ち帰って、筑紫からはじめて、大八洲の国の中に播きふやして、全部青山にしてしまわれた。」


これらの記述を読んで感じる事は、古代人が明確に新羅を外国だと認識している点。また高天原と朝鮮とを明確に区別している点からも、朝鮮起源の連中が好む、高天原=朝鮮という説が間違いだと判る。古代人にとっても天は天であり、「古代は神(天)と人が共存していた」等という言い方は古代人にとっても失礼と感じる。古代人にとっても古代は古代、天上界は天上界という事だと思う。

・アメリカの小堺一機的な話。

wikipedia
「斉明天皇2年(656年)高句麗の使、伊利之使主(イリシオミ)が来朝したとき新羅国の牛頭山の須佐之雄尊を祭ると伝えられる。伊利之は『新撰姓氏録』山城国諸蕃の八坂造に、意利佐[注釈 9]の名がみえ、祇園社附近はもと八坂郷と称した[5][7]。すなわち、この考えでは、朝鮮半島より渡来した人々が住みついて牛頭天王を祀ったが、日本神話のスサノオと習合したというものである[5][7]。」


書いてある通りだと思う。恐らく渡来した朝鮮の人々が類似の牛頭神を崇拝していたのだろう。それを便宜的に「スサノオ」と呼んでいるが、もちろん日本のスサノオと直接関係する神とは考えにくい。自分はこれを「アメリカの小堺一機」「日本のスターリン故岡田真澄」「日本のハリウッド」的な表現と解釈している。最初に書いた通り、スサノオは通説の通り、「神名の「スサ」は、荒れすさぶの意として嵐の神、暴風雨の神とする説や(高天原でのスサノヲの行いは暴風雨の被害を示すとする)、「進む」と同根で勢いのままに事を行うの意とする説[4]、出雲の須佐郷(現在の島根県出雲市佐田町須佐)に因むとする説(スサノヲは須佐郷の族長を神格化したものとする)、州砂(=砂鉄)の王という説から、たたら製鉄の盛んであった意宇郡(おうのこおり)の首長とする説などがある[5]。wiki」と解釈するのが自然で、どこの国にも存在する自然現象の神格化をどこどこ由来等とする時点でおかしい。

・地域史と民族史を混同させる朝鮮中国トリック

この問題で改めて認識しないといけない事は、「地域史」と「民族史」が同一として語られる日本の特異性。例えば中国と呼ばれる地域の歴史には、色々な民族が流入して多数の王朝が興亡した訳だけど、これを「中国の歴史」と呼んでしまうと、一体中国という地域の歴史なんだか、漢民族の歴史なんだか、歴代王朝の歴史なんだか訳が判らなくなる。また現行の中国共産党が過去の王朝の最大版図を自国領だと主張しているが、戦後生まれの、共産党という「若い王朝」が過去の明や清の領土を自国領だと言い張る理由は、単純に同じエリアに住んどるからという理由しか無い。

これを物凄い判り易い例えで言えば、共に一〇〇年の歴史がある隣どうしの家があって、互いに仲良く醤油やみそを融通しておったとする。ところが五〇年後、片方は引っ越して代わりによく判らんどこの馬の骨とも判らん住人が引っ越して来た。そして一〇〇年後、「俺はお隣の子孫一家だ!昔は醤油やみそを融通してやったから金貸せ!」とか言い出したら理解出来ますかね??

まんま朝鮮や韓国、中国共産党が今やっている事はそれで、同じ事は日本国内で朝鮮起源を吹聴する輩も同罪だと感じる。地域史的には朝鮮半島は日本が卑弥呼の元統一に近付いた時から既に百済新羅高句麗と明確に三つに分裂し、その後も色々な遊牧民族が流入して、百済新羅と現在の韓国朝鮮人はほぼ関係無いと言える。違う記事でも書いたが、大陸の倭人族文化圏 の考えから言えば、所謂伽耶諸国は倭人に属し、そういう点では北部九州から朝鮮半島南部は、地域史という呪縛を外して、民族史的に言えば日本史とも言える。だから朝鮮半島南部の前方後円墳の存在だとか、古代日本の装飾品などで日本と朝鮮で共通の物が発掘されても全く不思議でも何でも無い。


むしろ、「古代日本は朝鮮への野望を持っていた。」だの「文化の高い朝鮮から日本に技術が流入。」だのと言った表現こそが、凝り固まった発想だと言える。倭人族文化圏の古代人にとってみれば、日本列島と朝鮮半島があったのでは無くて、対馬を中心に北部九州と朝鮮南部諸国があった、とする方が正しい。それは地球儀を大西洋中心に見るか、太平洋中心に見るか等の違いに近い。と言っても、韓国のウリナラ起源のように、朝鮮半島南部なんて今は一切不要で欲しいとも何とも思わない、むしろ国交断絶して欲しいが。


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by bluegreenEXT | 2014-07-04 01:38 | 皇室
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